【書評】学校って行く意味あるのかな?「悩みどころと逃げどころ」を読んで。学校教育の生産性について考えてみた。

「悩みどころと逃げどころ」
かなり考えさせられる内容で良書でした。

 

有名ブロガーのちきりんさん、プロゲーマーの梅原大吾さんの共著。
「学校教育」をテーマに2人の対談がすすみます。

 

 

僕なりに考えたことをまとめます。

 

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学校教育の生産性とは。

 

学校教育について2人の意見が真っ二つに割れていました。

興味深かったのは、学校エリートちきりのちきりんさんが「学校っていらないよね」という立場であり、
学校非エリートである梅原さんが「学校って大事だよね」と言う立場であること。

 

 

ちきりんさん「学校っていらないよね」

ちきりんさんの意見は

・学校って不利な人をより不利にする場所

・能力とお金のない人ほど学校へ行くことで不利が大きくなる

・今は生きていく力が強い人ほど学校に頼らない、経済力のある人ほど公教育をあてにしない。

・一方で、環境的に恵まれてない人ほど「とりあえず学校いかなくちゃ」みたいになってて借金してまで学校に行く。

・学校は生きていくために必要な力をつけてくれるわけじゃない。だからますます生きる力の格差が広がる。

という感じ。

「不利な人を、より不利に」というのは
僕にとって衝撃的なフレーズでしたが、めちゃめちゃ納得してしまいました。

40人のクラスで
「均一の理解度を提供する」というのは不可能ですよね、単純に。

 

 

梅原大吾さん「学校は嫌いだけど、大事だよね」

一方で、プロゲーマーの上原さん。
アルバイト先で学校へ行ってないだけで
売上金の着服を疑われた自分の過去を例に挙げながら

・自分の好きなことを貫いたりするほどの熱量や能力があれば問題ないが、そうでない人にまで「学校なんて行く必要ない」というのは無責任

と感じているようです

 

自身は学校にほとんどいかず、ゲーマーとして頂点にいるその張本人からの意見なだけに、逆にすごく真実味があるなぁと思いました。

 

どちらも真理をついていてめちゃめちゃ共感できました

 

 

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交わされる、高次元な議論。

2人の議論の基本路線は最後まで平行線をたどります

しかし思考力の高い2人の対談なので、お互いの考え方をそれぞれに吸収しつつ、徐々に議論が建設的に高まっていきます

ハイレベルな議論がかわされていく感じが読み取れてすごく高揚感がありました

内容そのものも素晴らしかったのですが、ふたりの「異なる考え方を受け止め、理解しようとする姿勢」に震えました

感情まかせにならず、ひとつひとつ丁寧に議論を組み立てていく感じ

思考力の高さってこういうところにでるんだなって感じでした。

自分もこうなりたい、と純粋に思わせてくれるお二人。

 

 

学校の一番の価値は「レア環境」

ここからは僕の意見です。

 

僕は学習塾の講師をしているのですが
ちきりんさんのいう「学校授業のコストパフォーマンスの悪さ」というのは
たしかに感じます。

対象的にゲーマーの梅原さんが言う「学校って嫌いだったけど、大事だよね」と言う価値観。

ここについても、納得です。

 

受験的なスコアアップを図ると言う意味では
とても「非生産的な環境」である学校現場。

対して
他者との違い、環境の違い、自分とはどんな人間なのか、
といった根源的な部分を肌感覚で感じるためには
同級生しか集まらない「学校」というレアな環境。

そういう意味では
ある程度、生産性を持って機能してると思うからです。

 

 

一旦社会に出てしまえば
同じ歳、同じ地域、同じ偏差値で仕分けされた集合体である環境はレアなので

そんな貴重な環境を体験することは、高い体験価値があると考えています

 

 

 

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まずは、疑ってみる必要性。選ぶのはその後。

僕は、まだ結婚もしていませんし、子供もいません。

しかし職場環境的にたくさんの子供を見ることができていて、小学生から高校生までの各年代の子供を一括して横断比較できる環境をいただいているのは事実です。

長く通ってくれれば
幼少期から高校卒業までの「一人の人間の成長過程ストーリー」をみることもできました

 

 

そのうえで、僕が考えることは、、、

 

20年前、30年前に高校生や中学生だった親や教師

20、30年前に高校生や中学生だった
親や教師、大人の価値観や考え方というのが
時代によって最適にアップデートされていない場面が多いです。

 

これは事実です。

 

いまだにノートに板書をさせ、せっせと塾へ通わせ、ゲームをするスマホを没収します。

 

スマホを持たせるか否か、という議論もいまだに少なからず残っています

 

どうして「スマホで勉強させればいいじゃん」「時間、移動コストを削減する利器」と考えないのでしょうか

時代の変化に合わせたコスト削減の視点が
そもそもないように感じます

 

「対人スキルを学ぶ場」「レア環境」としての学校の価値を認めつつも、教育コストという面ではあまり合理的ではないと思います。

 

学校は行ったほうがいいけれども、先生の言うこと、親の言う事の言いなりになる必要ない。

 

全てが正しいと思わず、
「誰が言ってることが自分にマッチするのか」
「自分はどういう人間になりたいのか」
「理想とする人間像を体現している大人はだれか」
「誰の言うことを自分が聞くべきか」

自分で取捨選択する。
そういうリスクをとる姿勢。

これが大事になってくる、と考えます。

 

 

ロンドンブーツの田村淳さんも似たようなことをおっしゃっていて

 

すごく興味深い動画があります

 

僕は淳さんが大好きで、尊敬しています。

 

ツイキャスやTwitterでの発信、青学受験への考え方、
本当に刺激をもらっています。

 

 

 

 

疑う、ということ。ただ、信じるということ。

どちらにせよ、各々リスクがあることだと思います。

が、何も疑問に持たず、思考停止状態で大人の言うことをただただ聞く量産型の人間になること。

こちらにも同様にリスクがあり、どちらを選ぶかは本人次第。

 

そこをもっと「突きつけるほう」がフェアじゃないでしょうか

 

「自分の頭で考えない」ということのリスク

「自分で行動する」リスク

 

 

学びがあり
リカバーが効くのは
当然、後者です

 

 

世界は広く、時代も変化する。

 

最後に「旅」と「遊び」について

地球のほんの片隅にある日本。
世界の一部でこのようなことを議論しているならば
いちど世界に旅立ってみても良いのでは?

そこではいろいろな倫理観、ルール、宗教が混在しており、秩序が入り乱れています。

 

時代も環境もどんどんアップデートされていて
新しいもの、より良いものが生まれ続けています。

 

遊びの中にだって倫理やモラルやルールがあり
旅の中でも学びがあります

学校社会と同様に、そのようなリアルの世界を体験することも
かなり生産性の高い教育なのではないか、と思っています。

 

 

 

本質は「遊び」のなかにだってある。

 

そう思うのです。

 

 

 

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