「やれるだけやったらエライ」という「損失」の話。

 

 

「そんなこと言わずに付き合えよ〜」

 

「遊び」を「投資」と捉えていない人は
このようなことをよくいう。

 

もちろんプライベートな時間は「息抜き」でもあるので
一概にその考え方を否定するつもりはないのだが

「息抜き」「休息」のウラには
「何かをがんばるための準備期間」という前提がないと困ってしまう。

 

「何かを生み出す」「成果を出すため」の
積極的な休養の時間でありたいな、とは思う。

 

 

あくまで「適度なバランス」で

 

     

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会話が途切れがちな、微妙な空気感。「機会損失」

飲み会でよくあるパターン。

会話が途切れがちになったり
何度も聞いたことのある思い出話
似たようなノリのエンドレスなループ

 

飲み会でなくてもいいのだが
未来についてのワクワク感のない「遊びの場」は
もう「遊び」と呼んではいけないのかもしれない

 

それはもはや「遊びの体を持った、機会損失」

 

そんなに苦痛を伴うわけでもないので
自覚症状が少ないだけに気づきにくい

 

そうなったらもう

遊びの種類を変える。環境を変える。人を変える。

 

その辺のさじ加減がマッチする人こそが
「親友」と呼べる人なのかもしれない。

 

     

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「悪い努力」はさっさとやめよう

ダラダラ遊ばない。

時間を区切る。

遊びの種類を変える。

環境を変える。

人を変える。

遊び疲れたら、15分寝る。

最適なタイミングの「8時間」の就寝、起床。

たまには勉強なんてしてみてもいい。

 

 

なんにしたってそうなのだが

「生産性」がない状態に対して

闇雲に長時間、フルパワーを投下し続ける、という頑張り方は機会損失。

 

 

その思考を持ちながら、日々を楽しみたいと思う。

 

 

 

 

     

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