【世界一周】なぜか印象に残る町、メキシコ・グアダラハラ

さして

きわだった特徴がるわけでもない

なのに

心に刻まれる街がある。

 

メキシコ・グアダラハラ。

そこは、まさにそんな街だったと思う。

 

有名な観光資源やランドマークはなく

田舎でもなければ、大都会でもない。

 

なのに、なぜか、印象に残っている。

なぜだろう。

そんな疑問が拭い去れないのだ。

 

メキシコの町の中心には必ずカテドラルと広場がある。統治時代の名残。

クレメンテ・オロスコの作品「立ち上げる僧侶イダルゴ」。ハリスコ州庁舎にて。

 

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メキシコ第二の都市「西部の真珠」グアダラハラ

メキシコシティに次ぐ第2の都市グアダラハラ。

人口164万人、面積150 km2

世界第74位の都市でありながら日本人にとってはあまり馴染みがない。

 

この街が、半年間の世界旅行の中で、なぜか強い印象を残してくれた。

 

町の中心部、ソカロ。

 

 

グアダラハラは、とにかくみんなが幸せそうだった

何の特徴もないような街であったのだが

僕の心を捉えて離さなかったのは

「みんなの幸せそうな姿」だったように思う。

 

 

グアダラハラのタコスタンドには毎朝通った。

朝食を食べに行った。

 

タコスタンドの兄ちゃんは

二日目には、名前を覚えておいてくれたし。

三日目には、「お前が来ると思って、席を空けておいた」と言ってくれた。

 

タコスは1個30円。

貧乏旅行だった。

お腹いっぱい肉料理を食べれることが嬉しかったし

旅という生活の中で、少し疲弊していた僕に

そっと手を差し伸べてくれた気がした、グアダラハラのみんな。

 

「大事なこと」を、グアダラハラは教えてくれたような気がしていた。

 

 

いろんな具材を生地に巻く。メキシコのタコスは人を幸せにしてくれる。

 

 

 

キュートでよく笑うメキシコの女の子たち

メキシコに限らず、南米の人たちはとってもフレンドリーな人種だ。

 

グアダラハラの町でもそれは例外ではなく

彼らと同じ空気を吸うことで

自分もフレンドリーになれるような気がしていた。

 

首都というのは

その活気と引き換えに

独特の緊張感を持っていることが多いのだが

 

「第二・第三の都市」というのは

少し自由な感じでキャラの立った街が多い気がする。

日本の大阪なんて、本当にわかりやすい例だと思う。

 

この法則は、どの国でも当てはまっているような気がしていて

僕は首都より「第二・第三の都市」の方が好きだ。

 

国際的なスタンダード基準を満たす必要性のある首都は

変化も早いぶん「その国らしさ」みたいなものも薄まるような気がする。

 

それに対して

「第二・第三の都市」というのは、そういった外圧が少ないのか

文化の純度も首都より高い気がする。

自由奔放なノリが多少は許容されるのか

「らしさ」が残る街が多いような気がする

京都なんかもわかりやすい例かな、と思う。

 

 

羽根のオブジェで記念撮影。南米女子たちはいつでもどこでも元気。

 

 

キャデラック・エスカレードを乗り回す。推定3歳。

 

 

大道芸人に絡まれる。彼らにとって異国の旅行者は格好のターゲット。

 

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人との出会いが旅を変える、という当たり前のこと

結局、グアダラハラが僕を引きつけたのは

シンプルに「人との出会い」ということに尽きると思う。

 

特に誰と親しくなったわけでもないけれど

道ゆく人の笑い声、タコスタンドの兄ちゃん、ホテルのフロントの少女…

みんなが幸せそうにしていたと思う。

 

そんな場所にいれたこと

そんな人々と交われたこと

それこそが、グアダラハラでの一番の収穫だった。

 

 

旅の序盤

少し疲れていた僕の心を

そっと癒してくれた街、グアダラハラ。

 

その後の旅を

変えるきっかけになってくれた街。

 

そこには

わかりやすい観光スポットはなくてもよくて

「人との出会い」があって

それさえあれば、本当は十分なんじゃないかと思う

 

 

 

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